エッセイの設計図を作る


 

 前のページでは、良いエッセイを書くためには、論理性、表現力、独創性、啓発力の四つのポイントが大事だということを学びました。ここでは、その第一のポイントである「論理性」について、詳しく見ていきましょう。

 

 論理性とは、平たく言えば、コンセプトが明確で、そのコンセプトに基づいたきちんとした骨組みがあり、一貫性があってわかりやすくまとまった文章であることです。つまり、設計図があることが大事なのです。具体的には、コンセプトとなる論旨が一文となるように書き出し、その論旨をぶらすことなく、序論(introduction)、本論(body)、結論(conclusion)を構成することです。

 

 エッセイに熟達した人なら、設計図を書くことなく、いきなり書いてもまとまった文章を書くことができます。それは、実際にノートに書きださなくても、すでに頭の中に設計図があるからです。また、物書きレベルの人であれば、あえて一般的な設計図通りでなく、崩した構成にすることもあります。しかし、これらはすべて基本があるからで、エッセイが苦手な人がいきなりやろうとすると目も当てられない文章になります。まずは、設計図を書くことを習慣にしましょう。

 

1.論旨をつくる

 

 では、まずは論旨を作ってみましょう。例えば、「感染症と社会」というテーマを与えられたとします。そこから、あなたがシンプルに言いたいこと、主張したいことが何なのかを考えてみましょう。

 

 「えー、別に何も思い浮かばん…」という人は、「感染症」や「社会」から連想するキーワードを書き出してみます。「コロナ」「自粛」「感染者数」「第〇波」「マスク」「ソーシャル・ディスタンス」「リモートワーク」「コロナ鬱」「自粛警察」「クラスター」「小池都知事」「専門家会議」「飲食店の営業自粛」「酒類提供の自粛」など、色々出てきたのではないでしょうか?そこからは、自分の心に問いかけます、なぜそれらのキーワードを連想したのか?そのキーワードについて、自分はどう感じているのか?

 

 一生懸命自粛している人なら、知事などの要請に協力せず、飲んだり遊んだりしている人たちへの怒りを感じたり、要請に従わずに営業している居酒屋や風俗店などへのいらだちがあるでしょう。逆に、コロナへの過剰な対策に対して疑問を感じていたり、また自粛要請などによって実害を被っている人なら、感染者数を日々流し、恐怖を煽って人々の神経を衰弱させるメディアや有名人の発言に対しての怒りを覚えたり、こんなくだらないことをいつまでやっているんだ、と感じる人もいるでしょう。まず、そんな自分自身の心の中にある想いや感情の方向性を確認します。

 

 そのうえで、その想いや感情をそのまま言葉にするのではなく、論理的主張にステップアップさせる必要があります。

 

 例えば、自粛が大事だと考える人たちなら、「自粛しない人たちがいることで、感染が収まらない!」というのはただの感情的な非難で、読んだ人は「だから?」と首をかしげてしまいます。一歩進んで、「自粛しない人達がいることで、感染が収まらないので、罰する法律を作るべき」とすれば、具体的な主張にはなってきますが、「自粛しない人達」はなぜ自粛しないのか、という視点がなく、幼稚な主張に聞こえます。そこで、「自粛反対派の主張する『経済の犠牲のほうが生命のリスクを凌駕する』という論理は、三つの点で間違っている」とすれば、きちんと反対派の主張を理解したうえで、反論する意図が明確になります。このくらいまでいけば十分、論旨といえるでしょう。

 

 しかし、さらに独創的、かつ啓発的な文章を書きたければ、反論だけでは物足りません。そこで次のように、相手の主張を受け止めたうえで、反論するだけではなく、双方が納得できるような未来像を提言するのはどうでしょう?

 

「自粛反対派の主張が『経済の犠牲が生命の犠牲を上回るから自粛をしない』なのであれば、経済の犠牲を最小限にする三つの政策を導入し、誰もが自粛に協力できる状況を作ろう」

 

 自粛反対派が外に出る直接的原因の6~7割は、経済状況の圧迫と要請によるものでしょう。これなら論旨として十分な深掘りがなされており、異なる意見を持つ双方の側にとって、有用な議論となるであろうことが伝わります。

 

 

2.構成をつくる

 

 論旨が決まったら、次は構成です。構成は、どのようなエッセイであれ、基本的には大きく変わりません。下記の三パーツから成り立ちます。

 

A. 序論(introduction)…最初に読者の関心をつかみ、明確に論旨を伝え、本論へと導く導入編。

B. 本論(Body)…論旨の裏付けとなる議論を重ねていく本体部分。

C. 結論(Conclusion)…エッセイ全体を振り返り、総括するまとめ部分。

 

  

3.序論をつくる

 

 序論については、まず「逆三角形」を意識します。その意味するところは、広い視界から、より狭くて特定のポイントへと焦点を絞っていく、という意味です。具体的な例を挙げましょう。

 

 論旨としては、「自粛反対派の主張が『経済の犠牲が生命の犠牲を上回るから自粛をしない』なのであれば、経済の犠牲を最小限にする三つの政策を導入し、誰もが自粛に協力できる状況を作ろう」をそのまま採用してみます。

 

ーーー例ーーー

 歴史を紐解けば、人類は多くの犠牲者を出しながらも、数々の感染症との戦いを生き延びてきました。遡れば紀元前から人々を苦しめ、コロンブスによって新大陸へと広がり、50年で人口を1/8まで減少させるほどの猛威をふるった天然痘、同じく紀元前から存在するマラリアや結核、ヨーロッパだけで全人口の1/4以上が死亡したといわれる黒死病(ペスト)、世界で4,000万人以上が死亡したといわれる1918年のスペイン風邪、1957年のアジア風邪、1968年の香港風邪から、記憶に新しいところでは1981年に突如現れ人々を震撼させたHIV(エイズ)、1997年の鳥インフルエンザ、2003年のSARS、2009年の新型インフルエンザなど、枚挙にいとまがありません。そして現在、リアルタイムで私たちの生活を脅かしているのがCOVID-19であることは、言うまでもないでしょう。2021年7月時点で、全世界で報告されている死者数は397万人といわれ、近年の感染症では群を抜いています。昨年から、世界各国の年ではロックダウンがなされたり、ソーシャル・ディスタンスやマスクの義務付けなど、様々な対策が取られてきました。一方、日本国内では「自粛要請」という形で、人々の自主的な行動抑制への期待に頼る形がとられ、法による強制執行力がなされたことはありません。結果、自粛推進派と自粛反対派とでは真っ向から意見がぶつかる状況が立ち上がっています。推進派は「命がなにより一番」という論理なわけですが、まじめな反対派の論理は「コロナよりも経済リスクの方が大きい」という主張に基本的には根差しています。これは経済面での負担がある一部の業界や業種の人々に偏っている限り、決して解決することはない問題と考えられます。そこで本論においては、誰もが自粛に協力できるようになることを目的として、経済面での犠牲を最小限に抑える三つの政策を提言したいと思います。

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 少し長くなりましたが、逆三角形の構図は伝わりましたか?

 

歴史観 > 感染症との戦い > 過去の感染症 > COVID-19 > 世界の状況 > 日本の状況 > 自粛推進派と反対派の意見衝突 > 論旨

 

 より大きな視野から、徐々に絞り込まれ、最後に論旨(thesis)へと落とし込まれています。

 

 実際には導入部分はより短くてシンプルでも問題ありません。また、長くなるようなら、いくつかの段落に分けても大丈夫ですが、ある程度エッセイを書くことに慣れるまでは、序論はなるべく短くシンプルに、ひとつの段落にまとめましょう。

 

 

4.本論をつくる

 

 一番分量が多いのは本論部分となります。通常、序論や結論は一つの段落にまとめるのに対し、本論には三つ以上の段落を使います。先ほど挙げた論旨なら、少なくとも「三つの政策」についてはひとつづつ段落を取り、かみ砕いて説明を展開する必要があるでしょう。例えば、下記のように。

 

ーーー例ーーー

 自粛による経済への打撃を緩和する政策を検討するに当たっては、まずは誰がどのような経済的不利益を被り、利益を甘受することになるのかを明確にする必要があります。自粛とは、つまり消費者が自宅にこもり、外出をしないことを意味しますので、一義的には広い意味における「接客業」ということになるでしょう。代表的なものとしては、飲食業、観光業、娯楽、音楽、文化芸術、スポーツ等の人が集まるイベントです。これらの業種は、自粛要請や営業自粛による被害を直接被ることになるため、手厚い補償が必要です。次に、接客業への生産販売や卸販売を行っている職種についても、大きな損害が出ることが想定されます。コロナ収束後に、それらの産業がきちんと再スタートを切れるよう、接客業の被害が波及する業種についても相応の支援が必要です。逆に、いわゆる巣ごもり需要に該当するサービスやインターネット関連の業種については、消費者が外出しなくなることにより、逆に利益が拡大します。これらの好景気業種へと人材の流動を支援することは、雇用の安定につながるでしょう。

 

 まず第一に、接客業への補償を軸とした政策ですが、…

 

 次に、接客業を支える生産販売や卸販売を行う業種に対しては、…

 

 最後に、好景気業種への人材流動を促進する施策ですが、…

 

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5.結論をつくる

 

 ここまで出来れば、もう論文は完成したも同然です。結論では、論旨と本文で取り上げたポイントを要約して再度振り返り、結びの言葉で締めます。もちろん大事な部分ではありますが、論旨と本文がしっかりできていれば、ここは難なくクリアできるでしょう。

 

ーーー例ーーー

 現在進行形で我々が立ち向かっている感染症との戦いにおいて、経済的な犠牲の偏りが衝突を生み出していることは最初に取り上げた通りです。この問題を解決するために、特に打撃を受けている広義の接客業に対する手厚い支援策をもうけると同時に、接客業の上流や裾野産業に対する損失補償を行うことによって、経済的な理由における自粛反対の必然性はほぼ消滅するでしょう。同時に、自粛によって職を失った人々の生活補償を行いつつ、スキルアップを支援し、好景気業種へと転職支援を行うことによって、職を失った個人への生活安定補償の受け皿も整います。まず誰一人取り残さずにこの厳しい時期を乗り越えられる体系的セーフティネットを構築することなしに、自粛推進、反対を議論することは、虚しさだけが際立つように感じられるのは私だけではないはずです。

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コンパクトに、エッセイ全体を総括しているのがわかると思います。

 

 

これが、エッセイを書く際に覚えておきたい「基本の型」です。